Instinct
ブルーグラスなど一部の例外を除けば、ヴァイオリンはこれまでポピュラー音楽の中でそれほど中心的な楽器ではなかった。ところが1980年代後半あたりから、日本ではこの分野でヴァイオリニストの活躍が目立つようになってきた。それは、音楽大学でクラシック音楽の専門家になるべく研さんを積んでいた人たちが、従来のキャリア?パスに飽き足らず、いわゆる「クロスオーバー」なフィールドに続々と進出してきたからだ。 もちろん、彼/彼女たちはポピュラー音楽の特定のジャンルをバックグラウンドに持たない。必然的に、目の前にあるいろいろな音楽スタイルを自分なりに咀嚼(そしゃく)することでレパートリーを創ってきた。川井郁子も、早くからそんな冒険の航海に船出したひとりである。今回彼女は、ジプシー音楽の要素を大きく取り入れたオリジナル曲でアルバムの幕を開ける。細かく音が動くリズミカルな低音域と、大きくフレーズを歌わせるメロディアスな高音域のコントラストが印象的なナンバーだ。ワールド?ミュージック的なものではこのほか、フラメンコやラテンの雰囲気を漂わせる曲がある。 そうしたエキゾチックなアプローチとは別に、川井にはそこはかとない風情のアンビエントな音楽への志向性も持っている。このアルバムでは、シンセサイザーの音の海の中で戯れるような「ヴォイス?オブ?ザ?ウェイブス」、ハープの伴奏に支えられ、ちょっとノスタルジックなメロディーをつむぐ「マホラ」などが収録されている。薄明かりの中で見る光景のような、不思議な美しさがある。