情熱
わが国で最も、独特、という言葉で形容されやすいシンガーの代表作。しかしただ独特なんて言葉で済まされないと思うのは、私には彼女こそ日本で最も優れた歌手の一人だと感じざるをえないからです。それは技術力が凄いとか表現力が深い等という陳腐な形容ではなく、シンガーとしての音楽に対する掌握力の高さに驚愕したからと言う他ありません。 例えばこの「情熱」では声色に吐息が混じるようなAIRを帯び漂うような歌い方でありながら、一方で裏拍をタイトに捉えてゆくものですから、ヴォーカル一つで音楽としてのイマジネーションの広がりと、打点が作り出す増幅してゆく引力を現せしめます。リスナーはその両者の効用を持つ大きな音楽にのみこまれ、自然と体で高揚感とオーガズムを感じてしまうのです。それが音楽を操る力、UAの魔法でした。 打点だけなら他にパワフルなR&Bシンガーが激しく刻むヴォーカルもあるでしょう。浮遊感だけならアンビエントな歌声のPOPSシンガーがたくさんいます。しかし両者を簡単に支配してしまえるUAの凄さをみるとき、そんなテクニカルな面はむしろちっぽけな気がします。みるべきは彼女の声が音楽と交わり、浮き上がったり沈んだりする紋様の軌道で音楽全体をリードし、指揮者の指揮棒のようにその歌声一つで、うねりをコントロールしてゆくさまです。後に菊地成孔もセッションの中で一流ジャズミュージシャン達を束ねる彼女の求心力に惚れたと口にしています。もし細かくみるのなら、浮遊する声色がリズム感を得て表現してゆく歌詞描写、特に子音を官能的に撫でてゆくエロティックさをこそ注目すべきでしょう。ここにこそ技術力・表現力を包括する掌握力という領域をみれます。 「情熱」は日本のR&Bブーム期の先駆けに発表されましたが、他のファッション的R&Bとは確実に一線を画す、歌い手としての天才性を見せ付けたファンクです。