レスプランドール
村治佳織は、時間的にも空間的にも、遥か彼方への心の旅を約束してくれるギタリストだ。スペインやブラジルの多くのギタリストが、自分たちの土壌や生活文化を背景に音楽に反映させていくのだとするならば、村治は、遠方へと旅をする者の心の震えやときめきを、聴き手にしっとりと伝染させる。 「ある貴紳のための幻想曲」は、これまでの村治の演奏と比較しても、トップクラスの素晴らしい名演奏である。もう冒頭から、遠い昔のスペインの風がふわっと吹いてくる。古風な形式、典雅な装飾、憂いと詩情に満ちたその音楽は、エキゾティズムの域を遥かに越えて、聴く者の心を時空を越え自由に飛翔させてくれる。スペインの大作曲家ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)のギターとオーケストラのための大規模な作品としては、有名な「アランフェス協奏曲」を凌ぐ名作であるということが、とても実感できる。ロドリーゴ室内管弦楽団の潤い豊かな響きも極上。 今回のアルバムでの村治は、さらに自分の音楽への確信を深め、思索的な雰囲気さえ醸すようになった。ブックレット中の美麗な写真でも、彼女の面構えは以前の可憐な少女の雰囲気から、独立して自由に歩み始めた大人の女の顔になってきたのには驚いた。どんなかすかな音にも最高度の緊張感と余裕、間合いがうかがえるし、音楽の呼吸は以前にも増して大きくたっぷりとしている。注目されるのは旧作『パストラル』に収録されていた「ファンダンゴ」が再び録音されていることで、村治自身の自らの急速な成長に対する強い自信のほどがうかがえる。