ギザギザハートの子守唄
チェッカーズのデビュー・シングル。 発売当初は殆ど売れなかったが、翌1984年1月に発売した、2枚目のシングル「涙のリクエスト」の大ヒットにより、同曲も相乗効果で順位を上げ、3枚目のシングル「哀しくてジェラシー」と共に、3曲同時トップ10入りを果たした。 当初はB面の「恋のレッツダンス」がデビュー曲になる予定であったが、キャニオンレコード宣伝部の意見により、チェックの衣裳とのギャップが大きい「ギザギザハートの子守唄」がデビュー曲となった。 郁弥は「初めて聞いた時、演歌かと思った」と語っており、当時担当していたファッションコーディネーターも同様の意見を述べていた。 横浜銀蝿を意識したようなツッパリ賛歌となったこの曲は、上記のような曲調とともに、メンバー全員に違和感を残した。しかしチェッカーズ全体のツアーで解散までに歌われた回数は全曲中1番多かった。 アマチュア時代のチェッカーズはドゥーワップを主流としており、衣裳もシャネルズを意識したスーツ姿であった(郁弥は後に「自分達はアメリカンポップスバンドのつもりだった」「ニューミュージック寄りの扱いをされると思っていた」と語っている)。しかしアイドルバンドとして売り出され、全身チェックの衣裳で歌謡曲を歌わされることには相当の抵抗があったという。 吉本新喜劇の池乃めだかは、持ちギャグとして本曲の替え歌を歌いながら舞台に登場することがある。また、とんねるずはフジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげです』にチェッカーズがゲスト出演する度、池乃の承諾を得てコント(「おかげです中学」など)での郁弥をそしる場面で池乃のギャグを流用していた。 テレビドラマ『うちの子にかぎって…』で流れることも多かった。また、このドラマの中で、歌詞を「ちっちゃな頃から顔悪い 19でブスって呼ばれたよ お岩さんより顔悪い 見たものみんな死んじゃった」と言い換えて歌う場面があった。 メロディからサビに至るまで、歌詞は(多少の字余りはあるが)すべて七五調となっている。